市場の力を利用すれば世界中の生物の生息地を救うことができるのだろうか?それが可能だと考える科学者もいる。
画一的な保全目標がいかに非効率的であるかに気づけば、他の国が自国に代わって海洋保護区を守るために資金を提供することを認めることは、理にかなっています。
文:Warren Cornwall
2024年6月13日
経済成長は自然界を破壊する大きな力となっています。熱帯雨林は大豆プランテーションのために切り倒されます。大気は化石燃料産業による汚染により過熱しています。また消費主導型社会の排水ともなっているプラスチックゴミの浮遊物が、海の一部を詰まらせています。「脱成長」が一部の環境保護主義者のマントラになっているのには理由があります。
しかし、世界経済を動かしている市場原理を利用して、生態学的に最も重要な場所を救うことができるとしたらどうでしょうか?環境科学者のグループは、このようなアプローチが海洋生物のために地球上の海の30%を保護するという最近の約束を各国が守る可能性を高め、また保護にかかるコストを98%も削減できると考えています。
「海洋保護の目標を達成するためには、もっと安価な方法がある。またコスト削減の大きさには驚かされた」と、環境科学者であるJuan Carlos Villaseñor-Derbez氏(マイアミ大学の助教授に就任する予定)は言っています。
市場力学を環境利益に利用するという発想は新しいものではありません。アメリカでは、石炭火力発電所からの排出ガスに起因する酸性雨を削減するために、汚染者同士が汚染許容量を購入できるシステムを導入しました。同様の「キャップ・アンド・トレード(国内排出量取引制度)」の仕組みは、温室効果ガスに取り組む方法としてよく推進されています。
その一方で、各国がコストを負担したがらないことが証明されたこともあり、頓挫した地球環境条約が世界には散見されます。1997年の京都議定書では、2012年までに世界の富裕国の温室効果ガス排出量を1990年比で5%削減することになっていましたが、実現していません。2010年に合意された生物多様性保護目標も、ほとんどの国々が達成できませんでした。各国は、2015年のパリ気候サミットでの約束も危うく裏切ろうとしています。海洋の30%を保護するという新しい生物多様性協定のインクがやっと乾いたところですが、2022年の協定も同様の挫折に見舞われる懸念があります。
Villaseñor-Derbez氏とカリフォルニア大学サンタバーバラ校の2人の環境経済学者は、昆明・モントリオール世界生物多様性枠組に手を加えることで、海洋保護目標をより安価に実現できるのではないかと考えました。
現在、この協定に署名した190カ国以上の国々はそれぞれ、自国が管理する海洋の30%を保護することを約束しています。しかし、その約束を果たすためのコストは平等ではありません。たとえば、儲かる漁業を閉鎖しなければならない国もあれば、自国の海域でほとんど経済活動が行われていない国もあるのです。
もし、比較的「高価な」領海を持つ国が、代わりに経済的価値の低い海洋を同程度保護するために、別の国にお金を支払うことができるとしたらどうでしょうか?このような取り決めは、規制コストの高い国の経済的苦痛を和らげる一方で、経済的価値の低い海洋を持つ国に新たな収入源を提供することができます。
Villaseñor-Derbez氏と共同研究者たちは、これが地球規模でどのように機能するかを調べるため、24,000種近い海洋生物の生息地と、世界中のさまざまな漁業が生み出す収益の詳細なモデルを収集しました。その結果、海洋のさまざまな区画の生態学的重要性と漁業による経済的価値の両方を把握することができました。
さらに研究者たちは、世界各国の排他的経済水域(EEZ、ある国の海岸線に接し、その国の支配下にある地域のこと)内の海洋生息地の30%を保護するための経済的コストを最小化することを目的とした様々なシナリオを作成しました。
最も緩やかな取り決めでは、世界を4つの取引「バブル」に分割し、各国がその四分の一の範囲内で、自国に代わって生息地を保護するよう他国に支払う取引を行えるようにしました。
より厳格なアプローチは、このような取引を共通の生態系を持つ場所に限定しました。研究者たちは、共通の生物学的・地理的特徴に基づいて水域を12の「領域」に分けました。最も厳格なものでは、219の異なる「生物地理学的地域(ecoregion)」に分けられ、その中の同じ種類の海洋生息地間でのみ取引が許可されます。
研究者たちは、この最も限定的な取り決めにおいても、30%目標を達成するための総コストを3分の1以上(37%)削減できることを発見しました。生物地理学的な地域や半球内での取引を認める柔軟なシステムでは、97.5%ものコスト削減につながったと、研究者たちは『Science』誌で報告しています。
この天文学的なコスト削減率は驚きに値するものの、「画一的な保護義務がいかに非効率的であるかがわかれば、納得がいく」とVillaseñor-Derbez氏は言います。
目を見張るようなこのような節約ができるとわかれば、上記のような取り決めを簡単に実現できそうなものです。取引制度は海洋保護をより魅力的なものにし、他の社会問題や環境問題に取り組むための資金を確保することができる、とVillaseñor-Derbez氏は指摘します。
しかし、多くの環境政策がそうであるように悪魔は細部に宿ります。まず、このような取引システムを認めるためには、国際協定を改正する必要があります。また、どのような枠組みであれ、濫用を防ぐ必要があります。
生態学的価値の低い海域の保護権を売ろうとする国もあるかもしれません。漁業やその他の活動に対する規制の施行が緩い国があるかもしれません。その結果、豊かな国は自国の水域での活動を制限することから逃れられます。一方、ある場所を保護するためにお金を受け取った貧しい国は、その場所を保護しないかもしれません。また、海洋保護による潜在的な利益の増大は、政府が自給自足のために海に依存している地元の人々を追い出すことにもつながりかねません。
Villaseñor-Derbez氏は、これらが問題になりうることを認めています。また、これらの問題の多くは既存のシステムでも起こりうることだとも指摘しています。「どのような国際協定でもそうであるように、適切なチェック・アンド・バランスを実施しなければならない。私たちの主な目的は、どれだけの利益が得られるかを見積もることだ。利益が大きくなる可能性があることがわかった今、この政策の重要な特徴に目を向ける時である」と言っています。
出典:Villaseñor-Derbez, et. al. “A market for 30×30 in the ocean.” Science. June 13, 2024.
画像:©Anthropocene Magazine
DATE
July 19, 2024AUTHOR
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