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野草の遺伝子に小麦の肥料汚染を防ぐ力がある

異なる品種に適用することで硝酸汚染だけでなく、農業による温室効果ガスも削減できる可能性があります。

文:Emma Bryce

2021年9月10日

(Click here for the English version)

科学者らは、化学肥料から浸出する窒素汚染を抑制できる小麦を開発しました。このことにより大気中に放出される毎年何トンもの温室効果ガスの排出量を削減できる可能性があります。

野草の遺伝子を受け継いだこの小麦は、根から土壌中に化合物を滲み出させ、土壌微生物の酵素活性を阻害します。これにより、微生物が肥料成分を分解し、汚染物質を周辺の生態系に放出する能力を鈍らせることができます。

この有害なプロセスは硝化と呼ばれ、肥料が地球に大きな影響を与える重要な理由となっています。農家が肥料を与えるのは、植物の成長を助けるアンモニアが含まれているからです。しかし、土壌微生物はこのプロセスを妨害し、アンモニアを酸化させて硝酸塩を生成します。硝酸塩は土壌から水路に流れ込み、海のデットゾーン(死の海域)の原因となり、さらには人間の飲料水を汚染します。また、この過程で植物がすぐに使えるアンモニアが減るため、その分を補うために農場で肥料を過剰に投入することに繋がることがあります。

さらに、微生物が酸化する過程でCO2の約300倍の温室効果がある亜酸化窒素が副産物として放出されます。これにより農業のフットプリントは大幅に増加します。

しかし、現代の農業では食物を育てるために肥料が必要であり、特に小麦は世界で入手可能な化学肥料の5分の1を毎年消費していると言われています。小麦は世界中の何百万人もの人々の主食となっているため、その汚染の影響は私たちが解決しなければならない問題となります。そして、国際的な研究者チームがその解決策のひとつを見つけたと新しい研究で発表しています。

この研究では、生物的硝化抑制(Biological Nitrification Inhibition:BNI)と呼ばれる一部の植物が根から化合物を分泌して土壌微生物の行動を制御する能力を調査した一連の研究を基にしています。ライ麦など多くのイネ科植物にこの特徴があり、これは遺伝子の特定の染色体セグメントと関連しています。そこで研究者らは、野生のライ麦から関連する遺伝子配列を抽出し、それを一般的な小麦の品種に交配しました。

実験の結果、この遺伝子組み換え小麦は土壌中の汚染物質である硝酸塩を30%減らすことができました。また、小麦の周辺にいる土壌微生物の数も20〜36%減少しました。さらに重要なことに、肥料に関連する排出量も大幅に抑制され、培養した生育ポッドからの亜酸化窒素の排出量は25%減少しました。

興味深いことに、BNI形質を持つ小麦は肥料からの栄養分の吸収率も向上しました。これは抑制された微生物が肥料の栄養分をより多く残していたためと考えられます。このことは、微生物による分解や汚染によって失われる栄養分が少なくなるため、小麦が肥料効率を高め、農家が必要とする施肥量を減らすことができることを示唆しています。さらに、研究者たちが測定した栄養分の吸収率の増加は、小麦のバイオマスと生産性の向上にも繋がりました。

今回の研究では、硝酸塩の減少が最も大きかったのは弱酸性の土壌であったことから、そのような小麦栽培環境が最適な候補であると考えられます。また研究者らは、アルカリ性土壌で生育するイネ科植物のBNI形質に関する調査を更に続けることで、これらの環境で生育する小麦にもBNI形質を導入できるかもしれないと考えています。

小麦は非常に広く栽培されているため、農家がこのような汚染防止効果のある小麦品種を栽培すれば、農業による温室効果ガス排出量を大幅に削減できる可能性があると研究者らは考えています。また削減目標を達成するために、政府の気候変動対策に組み込むこともできるかもしれません。

研究者らは近く次の段階に進む予定です。まずはBNIを持つ小麦をインドで栽培し、現実にどれだけ肥料汚染を抑制することができるか検証します。研究者らは、「これは、農家がより少ない施肥量を使い、亜酸化窒素の排出量を削減した小麦を将来の消費者に供給するための道を示すものである」と指摘しています。

 

出典:Subbarao, et. al. “Enlisting wild grass genes to combat nitrification in wheat farming: A nature-based solution.” PNAS. 2021.