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化学産業の脱炭素化を実現する人工バクテリア

「糖を加え、あとは細胞に任せるのみ」で医薬品や燃料の製造における排出量を少なくすることができます。

文:Prachi Patel
2023年5月18日

バクテリアが、気候変動への対策として小さくとも強力な力になる可能性があることが新しい研究でわかりました。本研究で研究者らは、燃料、医薬品、工業用化学製品を作るための原料として使用される炭素ベースの化学物質を生産する微生物を操作しました。

Nature誌に掲載されたこの研究は、従来の方法よりも低いカーボンフットプリントとコストで、これらの重要な製品を持続可能な方法で生産する方法を示しています。

現在、温室効果ガス排出量の約半分は、化学製品、鉄鋼、セメントの生産に起因しています。地球温暖化を産業革命以前の水準から1.5℃に抑えるには、これらの大きな産業分野の脱炭素化が必要です。

化学産業にとって、それは化石燃料に頼らない製造プロセスの確立を意味します。そして、化学物質を合成するためにバクテリアを使うことは、その解決策となります。カルフォルニア大学バークレー校とローレンス・バークレー国立研究所の研究チームは、生合成と呼ばれるコンセプトが「環境に優しく、再生可能なアプローチであり、幅広い種類の天然物や、場合によっては自然界にはない新しい製品の生産に使用できる」と論文で述べています。

例えば、科学者らは微生物を操作してアンモニア肥料や、ナイロンや他のプラスチックを作るための主要成分を生産してきました。問題は、生物学には合成化学者が利用できる反応の多くが欠けていることです。そのため、生合成を利用した場合、合成化学よりも得られる製品の幅が狭くなります。

そのような重要な製品のひとつに、カルベンと呼ばれる反応性の高い分子の一群があります。カルベンは、医薬品や燃料などの化学物質を製造する際に、化学反応を促進する触媒として使用されます。しかし、カルベンを作るには多くのエネルギーと高価な化学物質が必要となり、これまでは少量ずつしか作れませんでした。

そこで、バークレー校の研究チームは、バクテリアにカルベンを生成させることに成功しました。研究チームは、まずStreptomyces albusというバクテリアから始め、この微生物に遺伝子群を挿入しました。このバクテリアは糖を消化し、カルベンの構成要素に変換します。さらに、このバクテリアは、このビルディングブロックを使って、新しい生物活性化合物や高度なバイオ燃料の持続的な生産に使用できる可能性のある高エネルギー分子であるシクロプロパンを生産する進化した酵素も発現していました。

本研究の主任研究者であり、米国エネルギー省のJoint BioEnergy Institute (JBEI)のCEOであるJay Keasling氏は、「この反応では、天然の酵素からカルベンまで、すべてを細菌細胞の中で合成することができる。加えるのは糖だけで、あとは細胞が全てやってくれる」と述べています。

この研究は、生合成で生産できる有機製品の範囲を広げるものだと研究者は書いています。さらに、Keasling氏は、「細胞がすべての試薬と補因子を生産するので、この反応を非常に大きな規模に拡大することができる」と述べています。

出典: Huang, J., Quest, A., Cruz-Morales, P. et al. Complete integration of carbene-transfer chemistry into biosynthesis. Nature, 2023.